2021年5月14日金曜日

1319 老猫と腎臓病(腎不全)26「その日」2

(油絵のためのデッサン)
前回の続きです。
猫の最期は看取れませんでしたが、完全に死後硬直する前に姿勢を整えることができました。お気に入りだったもちもちクッションに防水シーツとタオルケットを敷き、保冷剤をお腹に抱えるようにして置きました。こうすると内臓から始まる腐敗を遅らせることができるのだと、お世話になっている動物看護師さんから教わりました。
でも、9月とはいえまだ厚い盛りで、自宅に置いておくのも2〜3日が限度だと思い、2日後の日曜日に荼毘に付すことにしました。

死は避けられない、持っても冬前ではないかという予感がありましたので、動物病院から紹介してもらったペット霊園と、自分で探した霊園の合計2社に前もって照会しておいて決めていました。

病院から紹介された「北海道動物霊園」は開園して長いこともあり、単なる照会の電話対応にも丁寧で、式の流れや料金などを詳しく教えてくれました。
犬は犬種ごとに料金設定があるのですが、猫は大小ありどう違うのか聞いたら体重・体格で判断とのことでした。我が猫は7キロ弱ありましたが、死亡時は2.5キロまで激痩せしていたので「小」かと思いましたが、焼いた後の骨格をみて決めますとのこと。
また、個別火葬ではお経も上げてくれるとのことで、宗派が実家と違いましたが、まあ動物だから気にすることもないかなと思いました。

もうひとつ、自分で探した霊園は神道というのが気になりましたが(神道は穢れを嫌うので身内以外の葬儀はしないと北海道神宮の禰宜さんから聞いたことがあります)、ホームページも結婚式場と見まごうほどの華やかさで多少わかりにくかったものの一通りの情報は載っていました。
電話をかけると転送電話になり、声の感じから70歳近いおじさんが出ました。送迎サービスの有無と、供花の件、大手流通会社との提携サービスと一般受付との違いなどを尋ねたのですが、申し込みじゃなかったせいか、ひとつ質問するたびに「もういいですか、もういいですか」と電話を切りたそうにするので、ここは配慮の行き届いたサービスは受けられないなと思い、やめました。

猫が逝った日はすでに受付が終了していたので、翌日朝イチで北海道動物霊園に電話しました。
そして、日曜日の午後1時の予約を入れました。
それまではもう1匹の猫と一緒に過ごしました。もう1匹はわかっているのかそうでないのか、やや遠巻きにしていました。ただ、最後の夜には何か察したのか、近くまで寄り、鼻の周りのにおいを嗅いでいました。

私もこれまでの楽しかった思い出や、「長いこと点滴してごめんねー」とか「これまでがんばったね」などと語りかけながら過ごしました。それでもまだ泣くことができませんでした。

日曜日。この日は晴天で、9月なのに最高気温が30度に達していました。
午後1時に霊園からの迎えの車が来ました。使い捨てシーツを敷いたタオルケットに包み、まずは市内にある霊園の敷地に向かいます。持ち上げた時は硬直しているせいか、ほとんど重みを感じませんでした。それが痛々しく感じて悲しくなりました。

霊園の敷地内にはお寺さんがあり、そこでお経をいただきました。その前にお坊さんからいろいろ言葉をかけていただいたのですが、すっぽり記憶から抜けていて思い出せません。
その後、また車で郊外の火葬場へ向かいました。この時、硬直が解け始め、重みが戻ってきました。最後に抱っこができたという実感が湧きました。

火葬場の敷地内には炉(というのでしょうか?)がある建物が3つありました。先客がちょうど帰るところで、他には誰もいませんでした。

炉に入れる台に安置し(棺などはありません。不要なものはなるべく焼かないようです)、口元にご飯などを少量置き、持参した花を添えました。
お線香をあげて、係の人が「最後のお別れです」と言われた時にそれまで出なかった涙が溢れましたが、号泣はしませんでした。ぐっと堪えてしまった・・・。
最後に名前を呼んで「またね」と言ってお別れしました。炉の中に台が移動し、扉が徐々に閉まって見えなくなった時に、お別れなんだな、と実感しました。

火葬が終わるまで1時間半ほどということで、待合の建物に移動しました。
時間になって係の人が呼びに来て、炉の前に行きました。そこにはすでに形を整えられて、というか、あまりリアルに原型を留めないようにまとめられて、頭骨と喉仏が少し離されて置かれていました。

親や親戚の火葬に立ち会っているので骨を見てもあまりショックではなかったのですが、それでも精神状態を保つための防衛本能が働いたのか、スイッチが入りまして、興味のある発掘調査番組とか化石展の骨格標本を見ているときのようなハイテンションになりまして、嬉々として骨を拾っている自分がおりました。やっちまった・・・。

係の人に「骨を崩せば小さい骨壺に入りますよ」と言われたのですが、そこまでしてぎゅうぎゅう詰めるのもかわいそうですし、狭いところに入れるのもどうかと思い大きい骨壺にしました。
ガタイのでかい猫だったのですが、それを証明するかのように大腿骨と頭骨が立派でした。指の骨も長かったです。
残念だったのは、骨をまとめられてしまったのでしっぽの形がよくわからなかったこと。長くて立派なしっぽだったのでどういう骨格だったか知りたかったんですけどね。

外気温30度近く、炉のそばも高温で、係の人と汗だくになりながら小さな骨の破片までも拾いました。拾うたびにどこの骨か説明してくれるので助かりました。
「この仕事をしている経験からですが、骨格が立派なワンちゃん、猫ちゃんは丈夫な子が多いですね。病気をしても長く生きた子が多いです」とのことでした。

時々、緑色の骨が見つかるのですが、これは供花の葉の色が移ったものと言われました。
粉々になりすぎて拾えない骨や灰はまとめて別途供養してくれるとのことでした。
骨壺に入れた骨はしばらく自宅に安置することにしたのですが、ではいつまで家に置いておけるのか、係の人に質問してみました。
「答えになっていませんが、10年、20年くらい経ってから納骨する方もいます」
ああ、なるほど、自分が納得した時に納めるというのも、そのままずっと家に置いておくというのもアリなのか、と、すとんと理解できました。

帰りは直近の地下鉄駅までの送りだったのですが、骨壺に入っているとはいえ(もちろんバッグに入れて見えないようにタオルで上部を覆いました)、一緒に地下鉄に乗り、家まで歩いて帰るというのがなんだか新鮮でもあり、猫だけど一緒に散歩しているようで嬉しかったです。

自宅の決めておいた場所に安置した時、ほんの少しだけ大役を終えた気持ちになりました。
その時はまだいなくなったという実感が湧きませんでしたが、数日して仕事から帰った時にふと「いないんだな」と思った時に初めて泣いた気がしました。
でも、なんだか息が漏れているようなひゅーひゅーという音に「なんかカッコ悪いな」と我に返り、逝った猫が心配するだろうからと涙を拭って顔をあげたら、いつの間にかもう1匹の猫がそばに来ていました。それを見て、悲しんでいるばかりではいられない、次はこの子の病気の進行を遅らせて元気に長生きさせねばと思いました。

これを書いている時点で「その日」からすでに半年が経ちました(さらにアップしたのがそれから1年後ですが・滝汗)。声に出して泣くことはありませんが、思い出して涙がにじむことがあったり、楽しい記憶に笑うこともあります。
猫が歳を取ってからは寝ていることが多かったので、今でもどこかに潜り込んで寝ているような気がします。そういう状況なので寂しく感じることもなく、「寝てる〜?」「行ってきま〜す」と自然に声をかけたりしています。

今回の反省点は、
・火葬時に花を供える時は茎や葉は付けず、体の上には置かずに少し離して供えること。
・拾えなかった粉々の骨や灰をいくらか懐紙などに包んで持って帰る方がよかった。後にペンダントなり何かの形にする時に、骨壺から骨を取り出して砕くということをしなくて済むので。

後日、この子の何かを身に着けていたいと思い、ペットの遺灰を入れておけるペンダントなどを販売しているネットショップを見つけて購入しました。
だた、落としたら嫌だったのと、万が一落としてもダメージが少ないように、生前集めておいた猫毛を少量丸めて入れることにしました。

久々に長文になりました。
お付き合い、ありがとうございました。


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