2015年9月6日日曜日

1167 本屋で探検43〜「隔離島 フェーズ0」(仙川環:著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第43回目。
今回は、仙川環・著「隔離島 フェーズ0」です。

物語は、伊豆半島の南端から直線距離で100キロ、最も近い伊豆諸島の神津島まで50キロも離れている通島という離島が舞台です。老医師が死亡し無医村になったため、30歳になったばかりの女医・一ノ瀬希世(きよ)が請われて赴任します。
希世の母が島の出身ですが、40年前の中学卒業と同時に家出同然で島を出て、祖母も祖父が亡くなった25年前に横浜にいる母の元へ身を寄せていました。祖父が当主をしていた野木家は祖父の代で途絶えてしまいましたが、希世はその血筋ということでよそ者を嫌う島の医師として白羽の矢が立ったのでした。

島では「ぴんぴんころり運動」という健康維持運動が行われており、総人口388人の島民の高齢化率が54%であるにもかかわらず、完全に寝たきりの老人は3人、島の唯一の老人ホームの入所者は5人という好成績を出している運動です。

そこには総合医療企業のキタムラメディカルが島民の健康状態を把握するためのデータベースシステムを無償で構築しており、各戸に無償で配布された血圧計と体脂肪計で朝晩2回測定されたデータは自動的にデータベースへとネット送信され、希世の診療所の電子カルテと照合することで島民の健康状態を完璧に把握することができるようになっていました。

キタムラメディカルはその他にも全島民に週2回無償で配布される島特産の健康ジュース「ツシマ菜ジュース」の費用も提供していました。ジュースは島民個別の健康状態により成分が調整されているという徹底ぶり。
もちろん、キタムラメディカルがその見返りに得るものは、匿名処理されたそれらのデータベース情報でした。そのデータと運動、食事指導、健康状態について長期的に解析することで自社システムを売り込む際の証拠を揃えるためだと、希世は役場の担当者から聞かされます。
しかし、希世はこの会社が近年、遺伝子解析を利用した創薬の分野に進出し世界的に著名な遺伝子研究者を顧問として迎えたものの、うまくいっていなかったことを思い出します。

以上の冒頭で語られるエピソードから医療系サスペンスだと分かります。さらに医療関係に詳しい読者ならタイトルの「隔離」や副題の「フェーズ0」という言葉から新薬の開発が離島で違法に行われているんじゃないか?と想像するのは容易なのではないでしょうか。

しかし、それだけで終わりそうにない物語だと感じるのは作者の経歴とこれまでの著作歴が物語っています。
文庫カバーの著者略歴によりますと、大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了。経済紙記者として医療技術、介護、科学技術を担当後、2002年に「感染」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー、現在は執筆に専念し複数の医療サスペンスを発表しています。

物語の舞台である通島は貨客船も含め週3便しかありません。全島民が島の唯一の寺の檀家であり明神様の氏子であるほか、島の開祖である御三家(尊重と住職を父子でやっている泉沢、椿農家を束ねる東、水産関係の仕事を仕切る湊)のいずれかに連なるという血縁の濃さ。まさに隔離され血脈が連綿と繋がってきた島で起こる、あるいは起こった殺人。それを隠すために口裏を合わせる島民など、その舞台設定が医療サスペンスにさらに濃厚な闇を加えています。

「ぴんぴんころり運動」の成果で元気な老人が多い、一見のどかな島ですが、希世が「島外の病院で検査したほうがいい」と伝えた老人がふたり、相次いで突然死します。ひとりは寝たきりであったものの死亡する2日前の往診では重篤ではなく、もうひとりは90歳ながらも少し前まで全島民あげての朝のラジオ体操でしっかり運動していた人でした。
その老人の葬儀の際、希世は男ふたりが「本当にぴんぴんころりだったと思うか?」と会話している声を聞きます。

そんなとき、希世の高校時代の友人で大手新聞社の記者をしている春美から「ぴんぴんころり運動を取材したいが役場に断られたので口をきいて欲しい」というメールが届きます。島の閉鎖性を考慮して希世もいったんは断りのメールを入れますが、春美からふたたび「ぴんぴんころりのカラクリがわかった。近いうちに取材に乗り込むのでよろしく」というメールが来ますが、その直後に行方不明になったことが発覚します。
春美の父から頼まれて島に来ていないか確認した結果、民宿に予約は入れてあったが船には乗っていないとわかります。

ところが、雑貨屋の女主人が「若い女がやってきて寺までの道を聞かれた。長期滞在するからたばこの銘柄を揃えてくれと言われた」と告げます。年格好を聞くと春美に間違いなく、駐在所の黒田とともに寺とその後ろに続く野木山に向かい、20年ほど前までは自殺のメッカだったという場所で春美の鞄と靴を発見。崖下は海で潮の関係で遺体が発見されませんでしたが自殺と断定されます。
しかし、不審な状況から希世は他殺を疑います。

そんななか、年末恒例の冬の屋外行事でまさかの集団食中毒が発生。ところが前日まで診療所にあった点滴のパックがすべてなくなり、盗難だと主張する希世に対し島民は希世の過失と責めます。
さらに年明けには老人2人が突然死、続いて島では若い部類に入る中年男性も死亡するに至り、一枚岩と思われていた島民の中にも疑問を呈するものが現れます。

希世はその島民の若者から老人ホームにいるマツという女性に会うように勧められます。マツは希世の祖父が最後の当主となった野木家の出身で、彼女の口から希世の祖父が死ぬまでは野木家を含め島は御四家だったこと、野木の先祖の恐ろしい所行を聞くことになり、それがきっかけで首謀者が動き、希世も春美と同様命を狙われることになります。

物語は、東京で開かれた講演会場で希世が首謀者の名前を暴く場面で終わっています。
その告発の直後に首謀者がどう反論したのか、希世の友人を殺害した人物や共犯者の罪は暴かれるのか、御三家に連なる島民のどれほどが荷担したのか、希世自身はこれからどうするのかなど、気になるところがてんこ盛りです。

首謀者が名指しされるところで終わっているのは、それらのことが物語の主題ではなく、枝葉でもないからなのでしょう。そこまで書き切らないことにより、作品の主題のインパクトが際立っていますし、なによりこの物語は一般的に言うところの推理小説ではないからかもしれません。
離島という舞台で、さらに血族という強い結びつきで完璧に閉じられた世界に入り込んだ人間が味わう理不尽や不可解、因習、恐怖というものを、医療を下地に描いた物語としても読めると思いました。

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