今回は、千早茜:著「からまる」です。
各話の語り手は他の話の登場人物であり、時間軸もだいたい同じになっています。それぞれ1話完結となっています。
1話では、若手公務員・筒井武生の視点で、氏素性が分からぬままゆるく付き合っている女、いかにも公務員っぽいのほほーんとした上司、うっかり飲み会の席からお持ち帰りしちゃったバイトの田村、武生の姉と、クラスの金魚を殺してしまった甥っ子が描かれます。
2話目は、職場の飲み会の席で武生に迫って作戦通りお持ち帰りしてもらった田村(なぜか下の名前が出てきません)が語り手となり、友人の華奈子に失恋した愚痴をきいてもらいます。
この華奈子が家庭教師をしているのが武生の甥っ子だということがちらりと書かれています。
そんなふうに、3話目以降は武生の上司、姉、甥っ子、甥っ子の家庭教師・華奈子、そして最後に武生とゆるく繋がっている女の視点で物語が綴られていきます。
まさに人間関係がからまってる感があります。作者は「からまる」というイメージを釣り餌のイソメにたとえています。容器の中でどれが1匹なのか見分けがつかないくらいぐにぐにとうごめく描写はリアルです。
そういえば他にも殻が光るカタツムリ、クラゲ、(アクセサリーとしての登場ですが)ムカデ、ヒドラなど、あまりモチーフにしないような生き物が出てきますが、それらは語り部の心境を上手く表すものになっています。
生き物を使った描写もよいのですが、それぞれの語り手が何気なく見ているものや彼らの動作など、その場の空気ごと描写する表現が見事だなぁと思いました。目の前にあるありふれたものや状態を描写して、それが余計な文章になっていない、読書の流れを邪魔しない。うまいなぁと思うし、こういう文章が書けるというのがうらやましくもありました。
急に室内が暗くなった。ばらばらと屋根が鳴り出す。女が亀のように首を伸ばし天窓を見上げる。長い睫毛がゆっくり上下する。
「雨だね」
「だな」
俺も起き上がって空を見た。いつの間にかどんよりした灰色の雲に覆われている。雨足はどんどん強さを増していた。傾斜した天窓のガラスの上を水が流れていく。雨の音と匂いに部屋が包まれていく。水族館みたいだ。
「ねえ、見て」
女が仰向けになって自分の身体を指していた。天窓を流れる水の影が、平たい腹の上に映っている。薄い灰色の柔らかな影だった。
「川が身体を流れている」
そう言うと、足元から毛布を引っ張りあげ包(くる)まった。
(第1話「まいまい」より。カッコ書きの読み仮名は、もの書き写真堂記載。実際はルビ)
それもそのはず。作者は2008年のデビュー作「魚神」で第37回泉鏡花文学賞、第21回小説すばる新人賞を受賞しています。
印象に残った場面は、ややネタバレになりますが、1話目の最後で武生が女を呼び止めるシーンです。名前を叫ぼうにもそれを知らないことに気づき、とっさに女が飼っているカタツムリの名前を武生が大声で連呼し、足を止めた女が腹を抱えて笑うシーンでした。
これは単純に「カタツムリの名前で呼ばれたから」というだけで大笑いしたのじゃないということが、この女視点の7話目のおしまいの部分で語られます。そこで最初の話に戻って「ああ、なるほど」とわかる仕掛けでした。これは見事。
登場人物がからまりながら環になっている物語、いかがでしょうか?
何気ない情景描写の魅力もぜひ味わってください。
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