2015年3月18日水曜日

1046 本屋で探検20〜「冬姫」(葉室麟・著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第20回目。
今回は、葉室麟・著「冬姫」です。

背面にある「女いくさ」の文字。
戦国の世の女性も戦っていた。この物語に描かれている女性陣はただ政争の具として利用されたというのではなく、自分で考え、どうしたら生家のため、嫁ぎ先の家のためになるか、頭脳戦をも繰り広げていました。


「武家の女は槍や刀ではなく心の刃を研いでいくさをせねばならないのです」

これまで男目線の大河ドラマや藤沢周平などの時代小説を読んできたせいか、この視点は新鮮でした。

時代は、織田信長らが生きた戦国から安土桃山時代。美濃を後略して岐阜城を居城とし、その翌年、足利義昭を奉じて上洛を果たすあたりから始まります。
主人公は信長の次女・冬姫。実在の人物です。幼くして母を亡くしたが実はある高名な女人を母に持ち(という設定ですが、調べたところ生母は不明とのこと)、乳母に「女は心の刃を研いでいくさをする」と聞かされて育ちます。

女目線で男性作家が男社会の戦国の世を語る。この組み合わせにより女性が生き生きと、時にはさばさばと、あるいは剛胆に描かれたような気がしました。
また、作家が実在の人物を扱う場合、たとえば信長に、秀吉になぜこの場面でこのような台詞を言わせたのか?本当にそんな場面があったかのように生々しく書き出されていることに驚きを感じます。あたかも細部まで伝承されているような臨場感。そんな文章に出合うたびに作家の力量に感嘆を覚えました。

それでもこの小説では、明智光秀がどのような心境で信長を討ったのか。淀君はなぜあれほど憎み嫌っていた秀吉の側室になったのか、母のお市から託された秀吉への復讐が果たせたのか。ここのあたりは気になっていたのですが、物語の本旨から少し離れる視点ゆえか書き込まれていなかったのが残念でした。この作家さんならどう解釈しているかなぁと、読んでいるうちに気になった点でした。

さて、本題に戻りますが、物語は冬姫が十歳の頃、乳母から怖い話を聞かされて肝試しをされる場面から始まります。その乳母が冬姫を亡き者にしようとする信長の側室が放った刺客に殺され、自身もあやうく殺されかけたところを救ったのが、後の伴侶となる蒲生氏郷。

その夫とともに歩んだ戦国時代から、関ヶ原で秀吉側から家康側に付き、後継者が出ずに蒲生家が廃絶、その7年後に生涯を終えるまでが描かれます。
ただ、最後のほうの関ヶ原後から没するまでが駆け足の説明になっているのが読み足りなさを感じたのですが、信長ゆかりの女たちによる「女いくさ」が関ヶ原で終結したためかもしれませんね。後述する侍女の死で物語が終わっているのがかえって印象に残りました。

この小説は冬姫の物語となっていますが、彼女をとりまく者たちの「女いくさ」も読み応えがありました。信長の正室・帰蝶、側室・お鍋、冬姫の姉で家康の子・信康に嫁いだ五徳、お市の方、茶々など。それぞれが女いくさを仕掛け、同族であっても女同士で戦う様が描かれます。

圧巻は物語の終盤、信長の女たちの「最後の女いくさ」です。秀吉から家康に付いたほうが蒲生の家を守ることができる。だが、家康に頼るつてがない冬姫。そこへ思いもよらぬ女人が手を差しのべます。

そんな勇ましい武家の女人たちも印象に残りましたが、当方としては、蒲生に嫁ぐ道中に願い出て従者になった「もず」という名の女人です。最初はある人物の策略で遣わされた忍びの刺客だったのですが、あることをきっかけに寝返り、生涯をかけて冬姫を守ることになります。

実はもずは男なのですが、女に身をやつした刺客として育てられたため心は女という運命を背負い、何時も侍女として冬姫に付き従います。どうやら冬姫の夫・氏郷に密かに思いを寄せている様子。
最期は淀君が放った忍びの刺客に追われて命を落とすのですが、一緒に逃げていた従者に「男の体を検分されるのが辛いので誰にも見つからぬよう深く埋めてほしい」と言ってこと切れます。
なんとも切ない一生で、「女人」の中で一番印象が残ったのでした。

時代小説、歴史小説もいいものですね。



(追記)
作者の葉室麟氏は地方紙記者などののち、2005年に「乾山晩愁」で第29回歴史文学賞を受賞しデビュー。2007年に「銀漢の賦」で第14回松本清張賞、2012年「蜩ノ記」で第146回直木賞を受賞しています。(文庫本カバーより)

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