「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第27回目。
今回は、宮木あや子・著「婚外恋愛に似たもの」です。
購入に至った理由は、帯の「愛したひとは、2.5次元。」
え?2次元じゃないの?だったらこの0.5って何?と疑問に思ったからなのです。
書店でパラパラとめくって飛び込んできた文章が強烈でした。息子が万引きして呼び出されたシーンでした。
「うっせーなクソババア」その一言で、どこかの糸が切れた。私は右に拳を握り締め、左手で息子の襟首を掴み挙げ、思い切りその横っ面を殴り飛ばした。息子の身体は面白いくらいの勢いで壁際に吹っ飛んでいった。
「お、お母さん、落ち着いて」
息子の横に座っていた男が慌てて立ち上がり、私を羽交い締めにしてなだめようとする。
「落ち着いていられますかこれが! これがあんたの息子だったらどうしますか、骨身削って働いている最中に万引きされて挙句クソジジイ呼ばわりされて、あんたなら落ち着いていられますか!」
「息子さんには何かご家庭に不満があったんでしょう、お母さんも働いているみたいですし、寂しかったんじゃないですか?」
安っぽい偽善にまみれた男の言葉は、ますます私の心を逆撫でした。
「あたしがいなくて寂しいなら文句はあのクソオヤジに言えバカ! あいつにもっと稼ぎがあったらあたしが働かなくても済んだんだよ!」
「そんな事情知りませんよ!」
「なら黙ってろ!」
私は男の腕を振り解き、壁際で頭を抱えて蹲る息子の胸倉を再び掴んだ。
ひぃ〜、すごい。しかしなんだか痛快です。これは買って読まねば!・・・というのが購入のいきさつでした。
さて、登場人物は35歳の人妻5名(厳密には1名は未婚なのですが理由は後述)、デビュー前の5人組アイドルグループの熱烈なファン。アイドルが仮想彼氏ということで2.5次元ということですね。こういう言い方が主流かどうかわかりませんが、この「2.5次元」という文字は帯だけで本文には出てきません。念のため。
物語は「アヒルは見た目が10割」「何故若者は35年生きると死にたくなるのか」「ぬかみそっ!」「小料理屋の盛り塩を片付けない」「その辺のフカフカ」「茄子のグリエ〜愛して野良ルーム2」と6つの短編からなっており、どこはかとなくビジネス書や小説のタイトルをもじったような・・・。
5つめまでは5人の主人公それぞれが主役となり、どうしてそのアイドルに嵌まっていったか、これまでの人生はどうだったかなどが語られつつ、ひとりずつ5人が繋がっていく様子が描かれます。
アイドルグループ5人それぞれのファンと、かぶっていないところがポイントです。なので生活層がとんでもなく差がある5人が繋がっていられる一面がありますね。この極端ともいえる生活層の違いがフィクションとしてのおもしろさを際立てていると思います。
まず第1話で登場するのは、美貌も成績も仕事もいつも上から3番目、必ず上に2人の女がいてどうにもならない人生を送る桜井美佐代。年収2千万円は稼いでいたというバリバリのキャリアウーマンだったのに、なぜか年収1千5百万円のテレビマンと結婚して専業主婦に。
そんな生活に悶々としていたときに街中で偶然見かけた当時18歳のデビュー前タレントに心を奪われ、夢中になって3年目。ちなみにダンナもKGB64という女子高生アイドルグループのひとりに夢中です。
美佐代のよく行くスーパーのレジ係をしているのが、人生いつも下から3番目という千葉在住の益子昌子。第2話目の主人公です。ネットビジネスに2度はまって借金まみれで建設現場のアルバイトをしている夫、グレかけた中学3年の息子がいます。これが先に引用した「万引きした息子と呼び出された母親」のシーンの当事者です。
益子は、友人に連れていってもらったアイドルグループのバックダンサーをしていた当時14歳という息子とほとんど同年代のデビュー前アイドルに理想の息子像を重ねて夢中になります。
益子が美佐代と知り合いになるのは、ちょうど美佐代が益子のレジ前に立ったとき。そこでふたり同時に携帯が鳴り、それが同じアイドルグループのコンサートチケット当落通知だったというもの。美佐代が落胆の声を上げたとき、当選した益子が思わす「1枚お譲りしますか?」と声を掛けたのがきっかけ。下から3番目の女が上から3番目のセレブの生活を垣間見ることになります。
長くなりましたのでもうひとりの登場人物を紹介して割愛します。
第3話「ぬかみそっ!」の主人公、隅谷雅は生まれも育ちも、美貌もキャリアも超一流、上から1番、さらに美佐代と同じ会社に勤めていたことがあり、本人も美佐代も認めるナンバーワンのバリバリキャリアウーマン。アイドルの追っかけが高じてか、独身を貫いています。
そんな彼女でも1番になれないものがありました。それもよもやの3番目。それが追っかけをしているアイドルの「タレントが事務所に所属した当時から目を付けてファンになった」順番。これが3番目なのです。
雅が24歳の時、11歳の男の子が道に迷っているところを助けてあげ、泣いた顔にときめいたのが始まり。別れ際に所属事務所と掲載アイドル誌を名乗り、うっかりその雑誌を見たのがどっぷり嵌まるきっかけに。彼の追っかけをするための時間を確保するために会社を興し、親に追っかけ姿を見られたことを機に決別、ひとりマンションでアイドルの写真に囲まれた「結婚生活」を送っています。
他に、商社マンからいきなりビジネス書作家になった夫と小学生の娘がいる山田真美、BL作家だが版元から契約を切られてバイトで食いつなぐ最下層でデブスな片岡真弓(雅と美佐代が、知り合う前に見かけた真弓のことを「ジャバ・ザ・ハット」に似ているからと「ジャバ」と呼んでいた)のふたりが登場します。
ジャニーズファンでなくとも、この小説に出てくるアイドルや所属事務所がそのジャニーズをベースにしていることがわかります。
逆に詳しくは知らない読者(当方も含む)には「ああ、こういうことなのか」と理解できる内容になっていました。巻末の鈴掛真氏(歌人、小説家)の解説が実際のジャニーズを引用して詳しく説明していますので、さらに理解が深まるかと思います。
超セレブだろうが、上下3番目だろうが、最下層だろうが、夫がいようが、なぜアイドルに(それもかなりの年下!)にハマるのか。日常生活では満たされないものを埋めるかのように仮想現実で生きるため(雅はそうじゃなさそうですが)、そう乱雑に括ってしまいそうな状態を作者は美佐代にこう言わせています。
男と女で、アイドルに対しての意識は違う。男にとってのアイドルはオナニーのお供かもしれないけれど、女にとってのアイドルはデトックスだ。
なるほど納得。
この他、5人がアイドルに嵌まったエピソードが秀逸なのですが、長くなるのでこれまた割愛させていただきますが、女子ならうなずいてくれると思います。
最後の短編は、これまでと違い一人称から三人称になり、アイドルのコンサートが終わった後、焼き肉屋で打ち上げをしている場面になります。
あの「終わった後のなんとも言えない一抹の寂しさ。このまま家に帰って日常に引き戻される前に仲間と余韻を共有したい」という場面が見事に描かれていて、これも読みどころになっています。
あの「終わった後のなんとも言えない一抹の寂しさ。このまま家に帰って日常に引き戻される前に仲間と余韻を共有したい」という場面が見事に描かれていて、これも読みどころになっています。
まだまだ書き足りないのですが、タレント、声優、アーティスト、その他諸々に夢中になっている女子は必読、強くオススメします。
それにしても、小説でこんなに付箋がつくとは・・・。
それにしても、小説でこんなに付箋がつくとは・・・。
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