2015年6月4日木曜日

1124 本屋で探検33〜「鴨川食堂」(柏井壽:著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第33回目。
今回は、柏井壽:著「鴨川食堂」です。

「この本を読む前にまず食事を済ませてください。決して空腹では読まないでください」


そんな注意書きが扉部分に欲しくなる内容の本です。


舞台は京都。看板ものれんすらもない、しもた屋(辞書によると普通の家、元商店だった家屋とのこと)にある「鴨川食堂」。
ネットで検索してもグルメサイトには一切ひっかからず、唯一、グルメ情報誌に「鴨川食堂・鴨川探偵事務所ーー食探します」としか書かれていない1行広告だけを掲載する食堂が舞台です。

そこを経営するのは妻に先立たれた鴨川流(ながれ)。娘のこいしも店を手伝いますが、実は店の奥にある「鴨川探偵事務所」の所長をしています。探偵事務所といっても、探すのは思い出の「食」や「味」。

ここは知る人ぞ知るお店であり、店主の父親に言わせると「ご縁があればたどりつける店」。そういうご縁を大事にするからこそ、連絡先をどこにも掲載しないのです。
お品書きもなく、初めてのお客さんにはおまかせ定食を、常連さんにはいつものメニューが出されます。
そのおまかせ定食の内容を列挙している部分を読んでいると、空腹を覚えてしまうほどでした。それで文庫の扉あたりに「決して空腹では読まないでください」と書いてほしいなぁと思った次第。
たとえば、こんな料理が並びます。(一部表記を省略等しています。)

あらめとおあげの炊いたもの。おからのコロッケ。菊菜の白和え。鰯の鞍馬煮。ひろうす。京番茶で煮た豚バラ。生湯葉の梅肉和え。どぼ漬け。固めに炊いた江州米。海老芋の味噌汁。(第1話、P12)
宮島牡蠣の鞍馬煮。粟麩の蕗の薹(ふきのとう)味噌田楽。蕨と筍の炊いたもの。モロコの炭火焼き。京地鶏のササミ山葵和え。千枚漬けで巻いた若狭のしめ鯖。蛤真蒸(はまぐりしんじょ)の葛引き。(第4話、P140)

引用しているだけでも喉を鳴らしてしまいました。

そして、この食堂が本領発揮するのは、こいしが営む食の探偵事務所で受けた「食」探しの仕事です。依頼人が探して欲しい食べ物、特にすでに食べることができなくなったものを父親が2週間かけて「現場」に行って探し出し、食堂で再現するのです。

本書はそんな食探しの話が6話掲載されています。鍋焼きうどん、ビーフシチュー、鯖寿司、とんかつ、ナポリタン、肉じゃがの6品ですが、それぞれの思い出などが加わり、「普通」のものではないのです。これも実際に食べてみたくなるような料理でした。

第1話は、店主の前職の同僚が依頼人として登場します。この話から店主は元刑事で定年前に退職し現在の食堂を開いたとわかります。元同僚もすでに定年退職し、再就職したうえ再婚することになり、亡き妻(この元同僚も伴侶に先立たれています)が作った「鍋焼きうどん」を再現してほしいと依頼します。

店主は依頼人からの情報を元に、前職で培われた経験を生かして聞き込みをし、材料をそろえて料理を再現します。
似たようなストーリーは漫画などにありますが、この小説がそれらと異なるのは、依頼人がその食べ物を食べた「現場」に元刑事の流が赴き、聞き込みをし、食材をそろえて自ら再現するというところです。

依頼人の話は曖昧なところが多く、ほとんど単語の羅列なのに、その点と点をつないで線にして行く。さらには依頼人が忘れていたエピソード、知りえなかったエピソードまで見つけてきて説明します。このエピソードが話全体をさらにほっこりとさせ、再現した料理の隠し味となっています。

この再現した料理を依頼人が食べるシーンは一緒に食べさせてもらっているような感覚になり、再び喉を鳴らしてしまいました。調理方法が細かく書かれているので、自分でも作れるような気がしました。
料理の過程の描写も面白いし、「捜査」から解決にいたるまで、つまり味を再現するまでの解説も推理小説の謎解きのようで面白かったです。

しかし、気に入らない点が一つ。
なんぼ食べ物を扱う店だからと言って、猫を蹴飛ばして追い出すのはいただけませんっ。
(各話の冒頭を飾るイラストの猫は、物語に登場する「ひるね」という猫でした。)

間違いなく登場する料理を食べたくなるお話です。食いしん坊さん必読。




(余談)
以前、毎日新聞の記事で、読者から「もう一度食べたい」という食べ物を募り、記者が実際に探すという特集がありました。だいたいは果物など単品の食品だったと記憶しています。
調べてみたら書籍化されていました。しかも、最近(2015年5月)も記事になっていて、毎月第4日曜に掲載されているようです。

(アーカイブされて見られなくなっていたらご容赦)

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