2013年1月31日木曜日

0387 自分が反面教師と同期するとき


最近、だんだん我がモラ母(※注)に似てきて嫌になるときがあります。イライラを猫にぶつけたり、「かまってにゃ〜」と鳴く猫を疎ましく思ったり、それを怒鳴りつけたり。言葉はわからなくても怒鳴っている、怒っているというのは猫に伝わります。もともと大きな音に敏感というかビビる動物だから、びっくりして飛んでいくわけです。


一度怖い目に遭うと普通はなかなか近寄ってくれないのだけど、そこはずっと一緒にいるからか、あるいはそれほどの恐怖だと思わなかったのか、はたまた猫の特性である「すぐ忘れる」ということなのか、しばらくすると普通に接してくれますが。ホントの恐怖を味わうとさすがの猫でも覚えていますが。


ある程度の信頼関係があると思いたいのですが、だいたい猫って「こいつに妥協しないとご飯もらえないからな。そこそこつきあってやろう」くらいにしか考えてないのかも。人間を下僕だと思っている節もあるらしいし、それは感じますね、下僕説(笑)。

我がモラ母が自分の都合や感情で自分の子供にランダムに当たっていたように、自分も同じことを猫にしているのに気づいて愕然としました。「こんな親になりたくない」は、前半の「こんな親になる」を現実化してしまうらしいです。脳の特性として否定を認知できないというのがあるらしく、「〜しない」は「しない」以前の文章である「〜」の肯定形部分を認識して行動してしまうらしいのです。

虐待を受けた子供が、大人になって子供ができると「自分は虐待はしない」と思っても、「虐待+しない」、つまり「虐待」してしまう。だから虐待の連鎖が起こる。そんな説を読んだことがあります。
虐待じゃないけど、猫に対してまさにそんな感じでした。あれだけ嫌な思いをしたモラ母の態度がそっくり憑依しているみたいでもう自己嫌悪。いかん。
先の寿命が縮みかけた経験から、自分が大事にしたいもの、猫とまったり生きることが一番大事だとわかったのに、その主体を疎ましく思ったりする自分が嫌になりました。

一緒にいるのは長くてもあと10年ほど。ニャン生は人間より短いのです。そこのところを肝に銘じて行動しようと反省しました。

(※注)モラ母・・・熊谷早智子著「母を棄ててもいいですか」に書かれた、モラルハラスメント(精神的暴力)をする母親の略。

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